| 明治36年12月 | 台湾 旧 鹽水港廳下岸内庄(えんすいこうちょう・しもがんないしょう)に設立。 |
| 明治40年 3月 | 社名を鹽水港製糖とする。資本金500万円。東京株式市場に上場する。 以後、台湾東部・南部にわたり9工場(台湾7、東京1、大阪1)を 有する大製糖会社として発展。 |
| 昭和13年 3月 | 増資。資本金6,000万円。 |
| 昭和25年 7月 | 第2次大戦により海外資産のすべてを失うが、内地資産を整理継承して、 塩水港倉庫(株)の社名で再発足。資本金750万円。 |
| 昭和25年 8月 | 社名を塩水港精糖(株)に変更。 |
| 昭和26年 1月 | 精糖事業を復活。大阪工場を拠点として関西市場で品質の優秀さに定評を得る。 |
| 昭和36年10月 | 東京証券取引所第2部に上場。 |
| 昭和38年 8月 | 粗糖の自由化。 |
| 昭和39年 8月 | 大洋漁業(株)(現マルハ(株))と資本提携。資本金1億8,000万円となる。 |
| 昭和40年 6月 | 糖価安定法(砂糖の価格安定等に関する法律)施行。 |
| 昭和41年 3月 | 横浜工場竣工(溶糖能力650トン/日)。 |
| 昭和41年 6月 | 塩水港精糖(株)を製造元、大洋漁業(株)(現マルハ(株))を総発売元とした 新体制発足。 |
| 昭和44年 4月 | 大日本製糖(株)と業務提携により、3年間の委託交換生産に入る。 同時に大阪工場を閉鎖し、大阪倉庫営業所として倉庫営業を行う。 |
| 昭和45年 5月 | 増資。資本金10億円。 |
| 昭和48年 1月 | 大阪府泉佐野市に大阪工場竣工(溶糖能力500トン/日)。 |
| 昭和54年 3月 | 大新製糖(株)設立。資本金3億円。 |
| 昭和54年 7月 | 大阪工場を大新製糖(株)に譲渡する。 |
| 昭和54年 8月 | 増資。資本金17億5,000万円。 |
| 昭和57年 4月 | 糖質研究所の前身である技術部研究課発足。 農林水産省食品総合研究所と、サイクロデキストリンの共同研究に着手。 |
| 昭和58年10月 | 東洋精糖(株)と業務提携し共同生産会社として、太平洋製糖(株)を設立。 当社横浜工場を同社に賃貸する。 当社は大阪にてサイクロデキストリンの生産を開始する。 |
| 昭和61年11月 | 第2世代と呼ばれる分岐サイクロデキストリンの製造・販売を開始する。 |
| 平成 元年10月 | 本社・糖質研究所の建物を竣工。 |
| 平成 2年12月 | 新甘味料「乳果オリゴ糖」の生産を開始する。 |
| 平成 5年 1月 | 抗ガン剤タキソールの水溶化にサイクロデキストリンを用い、 研究室レベルで成功。東証にて情報開示した。 |
| 平成 5年10月 | 大新製糖(株)を吸収合併。 |
| 平成 6年11月 | 乳果オリゴ糖を主成分とする新商品「オリゴのおかげ」の全国販売を開始する。 |
| 平成 7年10月 | 「オリゴのおかげ」シリーズ商品につき、 厚生省「特定保健用食品」標示許可を取得。 |
| 平成 9年 4月 | 「横浜・さとうのふるさと」発足。 |
| 平成 9年 7月 | (株)横浜国際バイオ研究所設立。 |
| 平成13年 1月 | 大阪工場、ISO9001を認証取得。 |
| 平成13年 5月 | 横浜共同生産工場(太平洋製糖(株))、ISO9001を認証取得。 |
| 平成13年10月 | 横浜共同生産工場(太平洋製糖(株))において、 塩水港精糖(株), 東洋精糖(株),フジ日本精糖(株)三社による共同生産開始。 |
| 平成14年 3月 | 塩水港精糖(株),大日本明治製糖(株),大東製糖(株)三社出資 により 関西製糖(株)を設立。7月を目処に当社大阪工場において共同生産を開始。 |
| 平成17年 3月 | 三菱商事(株)と資本提携。 |
| 平成17年10月 | 中日本氷糖(株)が関西製糖(株)の共同生産に参加。 |